臨床経験数は重要だが、それを過信すると処置方法を誤る

戦略コンサルタントという仕事では、能力や知識・スキルと共に、臨床経験数がかなり大きな物を言うと感じる。

それなりの経験数を積むと、どのような会社の状態を見ても「こんな会社は初めて見た」と感じることは殆ど無くなる。顧客は「当社は特殊なのでは」と感じるケースが多いようだが、こちらから見ると「良く有ることです」と言い切れる。

 

まず、これを言い切れることは重要だと思う。これは医者と同じかと。

「こんな病気初めて見た」と医者に言われたら怖くなるが、「あぁ、これね」位に言われると少し気持ちが楽になる。

勿論、細かく見ると固有の問題なのだが、ある程度抽象度を高めると、大概の課題は以前に見たことが有るパターンに当てはまる。

 

経営者などに問題認識を伺う場が有ると、話の先がだいたい読める。少し話を伺えば、かなり細かなレベルまで仮説を組み上げることが出来る。

 

ここに至るまでだが、とにかく関わった案件を「しゃぶり尽くす」こと。これが重要。

一つ一つの案件では、表層的に把握できる事象は当然だが、その背景で生じていることまで洞察することが非常に重要。

特にそこに関わる人の心理がどのように影響し合っているのか、ここをしっかりと見つめる。上位者がその問題をどのように裁くのかを良く見ておいた方が良い。

事象からの掘り下げ方、繋ぎ合わせ方をしっかりと見ると、「要するに何が起こっているのか」が見えて来るはず。

 

この、「要するに何が起こっているのか」、問題構造を抽象化したものを如何に頭にストックできるのか。

単に臨床経験を積むだけでなく、このストックを意識することにより、企業(組織)を見る目が培われると思う。

 

一方で、状態は殆ど同じ会社であったとしても、処置方法は全く違ったりする。

これは、組織の中で大事な/決定的なピースが会社によって違う。それによって処置方法が決定的に変わる。これは医師との大きな違いだと思う。

「ピース」の多くは経営者や従業員の「価値観」(この積み重ねが「風土」)だと思う。そこに居る人達が何を大事にしているのかにより、処置の方向性が決まる。

 

そのため、「汎用的な処置方法」というものは存在しないと思う。

個々の企業の「価値観」の部分に向き合い、どのような処置方法を取るのか、毎回、それを考えることが必要だと感じる。

 

しかし、この部分を蔑ろにし、「汎用的な処置方法」のようなものを作り上げ、無理にはめ込むようなコンサルアプローチが増えているような気がする。

確かに汎用化が出来れば楽に案件を進められる。症状は提案段階に殆ど特定できるので、あとは粛々とその処置方法をインストールするだけ。

けれども、これぞ「コモディティ化」の極み。自分達で自分達の価値を貶めている。しかも、顧客が持つ症状の解消には繋がらない。

 

どれだけ臨床経験を積んでも、処置方法は結局個別に考えることが必要。

そこは認識した方が良いと思う。

 

但し、更に経験を積んだコンサルタントの方から見た世界と比べて、現時点の私が重要な要素を見落としており、それが故に「汎用的な処置方法」が無いように感じているだけかも知れない。

これは今の私には分からない、ということは前提として。

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